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SHI-NO-シノ- 君の笑顔 (富士見ミステリー文庫)
- 上月 雨音
- 富士見書房
僕らは、どうしようもなくひとりだ。でも、だからこそ誰かが必要なんだね。そんなことに、今更ながら気づいた僕だけれど、志乃ちゃんには最初から全部分かっていたことなのかな。僕らは決して一つになれないし、全てを分かりあうことなんて出来ない。だけど―。だからこそ、僕は君に思いを届け続けてみせるよ。志乃ちゃんと一緒に、いつまでも歩き続けていたいから。大学生の「僕」と小学5年生の志乃ちゃんとの純愛系ミステリー。信じ続けることだけが、未来への希望。
「貴女は無数の個であるが故にそれを正確に認識出来なかった。個人である事を知っているから。人と人とが繋がらない事を知っているから、そんな感情を抱かなかった。そう、過去形です。彼女はずっと昔にそれを感じていた。他者への欲求」
涼風真白はそうして、言った。
「もしそれに名前をつけるのなら――『恋』」
「……陳腐」
これぞLOVE! 志乃ちゃんが「頭のいいだけ」の普通の女の子として描かれたことに打ち震えた。
やっぱりこのシリーズは期待を裏切らなかったのだ。
『支倉志乃』という《ブレット》を突き動かした『彼』という引き金が、「寂しかった」がゆえに怪物にならなければいけなかった志乃の「完成している個人」を解放する。
おそらく志乃ちゃんという女の子の根本にあるものは慈愛に満ち溢れた博愛主義者だったのだと思う。
誰かと繋がりたくて慰めてあげたくて慰められたくて仕方ないのだけど、それは不可能なことだと悟ったとき人は何を思うのだろうか。
そして、それに気づいてしまうくらいに志乃は聡明で頭の良い女の子だった、のですよね。
繋がることができないから、満たされないからこそ志乃ちゃんという女の子は「個人を完成させる」ことで自我の殻に閉じこもるしかなかったのだ。
そして「完成された個人」という精神世界のなかで、他者を蒐集していくことで『支倉志乃』という一人の個人を作り上げていく。そこでは他者さえもが自らの一部となって、密に繋がりあうことができる。
そうして志乃が得たもの。彼女が浮かべた表情は”絶望”だったのではないかなぁ。
そんな志乃が今まで他者の『死』を蒐集してきたのは、それが他者という存在の完成系だから。
[読了]SHI-NO ―シノ― 黒き魂の少女 » だい亜りー
生きたいという人間の意志は、しかし、死によってのみ完結される。
そうして人の意志がぎゅっとつまった完結した人生を、自らの内側にパッケージングしていくことで『支倉志乃』というネットワークを作り上げてきた。
これが志乃の中に存在している”複数の志乃”の正体であった。
しかしその複数の志乃全員が同じ方向を指向するという前代未聞のエラーが発生したのですよ。
これが『支倉志乃』のなかに生まれた『彼』という異物。
この『彼』という存在はincompleteな未完結のパッケージなのに、それが完結して取り込まれることをすべての志乃が否定した。そして受け入れられなかったが故に『彼』という存在は志乃のなかで『支倉志乃』ではない独立した存在として像を結んだのです。
志乃は長らくこの『彼』という存在に悩まされてきた。
『彼』という存在がどうしてもわからない/この気持ちは何なのだろう/いや、本当は分かっている/そんなはずはない/どうしても認めることができない……。
そんな葛藤を繰り広げてきた志乃ちゃんがとうとう答えを導きだすのですよね。
それは『彼』のことが好きだから――。
しかしそれを認めるということは、『支倉志乃』の存在を否定し、その原点にあった一人の志乃に回帰することを意味している。
そして、その『支倉志乃』は今まで絶対の存在として描かれてきた。
だから、だからこそ、この志乃の感情は大きな重さを持つ。
志乃は『支倉志乃』の存在を否定し、自分の中に生まれた感情を明確に定義することでようやく受け入れることが出来たのですよね。
『支倉志乃』という《ブレット》は『彼』という引き金によって解き放たれた。
熱を帯び、弾丸のように突き進む二人の想いは誰にも止められない! 決して交わることが出来なくとも、笑顔の君と二人寄り添い進んでいくことは出来る。この”一つにはなれない”二人の物語がとても愛おしい……。
思えば真白ちゃんの個性『涼風真白』とは、あらゆる意味で『支倉志乃』とは反対の性質を示していたのですよね。
志乃が『支倉志乃』を否定することで、『僕』と共にある『今』を望んだのならば、真白は『涼風真白』を肯定することで『正義の味方』と『永遠』に共にあることを望んだのだ。
そもそも、『彼』を否定することで生まれた『支倉志乃』は、『正義の味方』を肯定するために生まれた『涼風真白』に敵うはずがなかった。『支倉志乃』は生まれたそのときにもう破綻することが約束されていたのかもしれない。
そして今回描かれた『綾瀬シン』というのは、『支倉志乃』と『涼風真白』の前提にある「個人は他者とひとつにはなれない」という条件付けを打ち破るものであった。二人で一つになることに成功してしまった。けれどその末路は示された通りだと言えるだろう。
完成された個人。『九瑠夜明日』には存在しなければいけない意義があった、『涼風真白』はすでに成立してしまった、そして『支倉志乃』には存在する意義がなかった。
故に『支倉志乃』が崩壊するのも必然だったのかもしれない。
SHI-NO-シノ-シリーズが抱えていた中二病的感性を自ら認めながらも、今まで丁寧に積み重ね上げられてきたそれを否定することで逆説的に等身大の志乃ちゃんを形作ったのはお見事の一言に尽きます。
時間はかかってしまったけれど、志乃ちゃんはただ「寂しかった」だけなんだよ。可哀想な女の子でもなければ、『異常』を孕んだ『天才』なんかでもなかった。
富士ミスの終焉とともに終幕を飾る、『僕』と志乃ちゃんの純愛ミステリー。
ようやく普通の女の子になる事が出来た志乃ちゃんと、『僕』の幸せな日常に今とても幸せな余韻に浸っています……。そのかけがえのない二人の日常に想いを馳せてみたい。

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