由綺と理奈の対立によってますます混迷を極めていく『WHITE ALBUM』(以下:W.A.)の物語でありますが、巧みなカメラワークや映像技法の解説はより詳しい人にひとまずおまかせするとして、その映像の中に散りばめられた情報を元に思い描いたものを吐き出してみたい。 それは間違っていてもいい、むしろ確実なものではなく曖昧なものであったからこそ積極的に目を向けられることのなかった「偽」と書き殴られた「絵」や、省略されたそれぞれの「過去」を刻んだアルバムの頁を、 想像を膨らませながらその先にあるこの物語の本当の枠組みを夢想してみよう 、というのが今回の趣旨です。
そのため、今までのエピソードを省みて感じ取ったもの、感想という形でそれらをよく練りなおして、吟味して、僕が感じ取ったものをお話してみたいと思います。
まず、このW.A.の物語はぼうっと画面を眺めているだけではただ目の前の取り留めもない偶像劇に振り回されるだけで、その本当のところは何も見えてきません。それでは頭の中にただはてなが浮かび上がるのみで、何故そうするのか、どうして衝突するのかを今までのエピソードを見て蓄えてきた人物像と照らしあわせながら紐解いていくのがこの作品のもっとも楽しくて、刺激的で、ときに背筋に氷が刺したように戦慄する瞬間なのです。
と、前置きはこのくらいにして。ひとまず簡単に箇条書きで僕の蓄えている情報を書き記してみたいと思います。
由綺
- どこまでも無垢で子供っぽい
- 英二に「アイドル」としての素質を見いだされる
- 一心に冬弥を”待ち続ける”
- 一方でどこまでも自分勝手に、自分本位に振る舞う
- 最後まで理奈をめぐる事務所移籍騒動の本当のところがわからなかった
- 束縛
- 自己愛
- 遙か高みへ
- 燃える太陽のような赤の”カラー”
- 赤い糸
理奈
- 芯の通ったはっきりとした物言い
- 自分中心だが、時と場を弁えて他人を尊重することができる
- 幼い頃からの「アイドル」への憧憬
- 自己流
- 孤立
- 冬弥への恋心
- 孤高の「アイドル」
- 青に漫然と輝月のような孤高の”カラー”
- 夢幻
冬弥
- 優柔不断
- 鈍感
- 女性からの視線をうまく受け流すことができない
- 糸の絡み合って解けなくなる均衡点
- 凡庸
- 悪い男ではない
美咲
- 依存
彰
弥生
- 氷のように冷たい人
- 人を愛すことができない
- 堕落
- 獲物を絡めとる蜘蛛の糸
- ストーカー
- 盗撮写真
マナ
- 母親との確執
- 家族への憧れ
- 孤独
- 気まぐれ
- 自由奔放
- ジョーカー
はるか
- 兄の喪失
- 冬弥に”兄”をみている
- 孤独
- 怯え
- 寂寥感
- 子供のように無垢
めのう
- 堕落
- ジョーカー
- 「過去」へのパンドラの箱
神崎
- M3
- 斜陽
- 英二の裏
- 神崎が「観ない」もの
英二
- 緒方プロダクション
- 天才
- 神崎の裏
- 英二が「観る」もの
- 「絵」
- 「未来」
- パンドラの箱
冬弥の父
- 斜陽
- 収束点
- 冬弥と由綺の「過去」
- 鍵
以上の通りざっと書き記してみたところで、それぞれの項目を、見方を設定することで紐解いていきましょう。
まず始めに行き着くのが、冬弥という「視点」を通じて我々は「1986~87年の日本」という舞台に視線を向けているということです。しかしシリーズの後半に入るにつれて、あからさまに彼の視線が及ばないシーンが増えていく。にも関わらず、「3大ヘタレ主人公」だとか言ったよくわからないレッテルを貼ることで彼の「視点」に固執しようとするのはあまりにも的確ではない。冬弥の”主人公性”というのはもはや重要ではなくて、彼は主人公という名を借りた、女性たちの視線の受け皿にすぎないのです。冬弥の立ち位置とはつまり、女性たちの巻き起こす”必然”によって、複雑に絡み合った糸の”ダマ”に他ならない。
実際に自分から自主的に決断を迫られた場面は殆どといってなくて、ただ女性に求められるがまま流された結果だということを鑑みると、彼ほど凄まじい絶壁にたたされた人はそうはいない、とさえ思えるでしょう。
おそらく冬弥の「視点」が意味を持つのは、由綺との関係に決断を迫られるとき。その地点にまで物語が収束しはじめるまで、ひとまずは置いておこうではありませんか。
反対にここから意味を持ってくるのがずばり、 英二の視線の先なのではないでしょうか 。
彼は一体どこをみているのだろう。冬弥の視点を浮遊してまず浮かぶ疑問がそこでした。
英二が真正面から見つめて涙を流した一枚の「絵」。
スターダムを昇り続けて間違いなく絶頂期にあった彼が、引退してまで事務所を設立して見つめた相手がーーそう他ならない理奈だったのです。
そこで思い浮かぶ一つの仮説が、英二が「絵」に幼い理奈に秘められた煌めきーー英二ですらたどり着けない頂点ーーを見いだしたのではないか、というもの。
「絵」の少女をよく見てみると、心なしか理奈に少し似ていて、純真な子供の無垢を感じさせるのですが、裏腹にその瞳には一筋の憂いがある。恋い焦がれる少女……なのかな。幼さの中にある「少女」の無垢と、恋する「女」の憂いが混ざりあう分水嶺。あまりにも艶めかしい肖像。無垢な少女が無防備に甘い色気をさらけ出すその瞬間を、理奈の中に見いだしたのではないでしょうか。
理解するよりもまず「観て」しまった。
英二の経歴から、彼が由綺を観測するまでの間の空白を補完するものは、間違いなく理奈だけを見つめてきた情熱でありましょう。理奈の中の回想が、一九頁で明かされた在りし日のスタジオの風景がそれを物語っているように思えました。
けれど英二の観た「絵」は何らかの”約束”によって神崎の元へと渡り、あの瞬間に「観た」煌めきを思い描きながら一心に理奈へと心血を注いできたのだけど、結果、スターダムにまで上り詰めた理奈が英二と神埼の間で結ばれた”約束”によって取り返した「絵」は「理奈」ではなかった。あの煌めきはもう今の理奈にはなかった。皮肉にも理奈は自身の手で、英二の夢想した「理奈」を取り返すことができなかったのです。
それもまた英二は理解するよりも先に「観て」しまったのだと思う。潮時、といった彼の自嘲はこれだったのではないかな。
喫茶・エコーズの地下で彼が真正面から見つめた「絵」の先には何もなかった、「偽」だった、すべては遅すぎた。
では英二の言う「もう遅いんだよ……」はどれくらい遅かったのか、という疑問が沸いてくるのですが、この答えとなるのが理奈が初めて”恋をした瞬間”――そのときなのでしょう。
これが「絵」=「理奈」であったということを裏付けているようにも思えるのですよね。
一九頁アバン、理奈の楽屋にやってきた冬弥を由綺が目の当たりにしてそれを理奈に問いつめるシーン。由綺の問いかけに応じる形で赤裸々に自分の想いを吐露する理奈は、「アイドル」から一人の「女」になったのだと思う。そう、英二の見つめる「絵」の先には「恋」があった、けれどそれは少女自身に注がれた「恋」でなければならなくて、英二が思い描いていた理想は一八頁の予告の風景へと集約される。鏡を見ながらききとして口紅を塗りたくり、不器用に鏡の中の自分にキスをする風景こそが理奈が「アイドル」としての「理奈」足り得る素質だったように思えるのです。そしてキスというコンテクストを通じて、彼女の「恋」は冬弥の唇へとすいよせられ、意味を持った理奈の”キス”が、冬弥を介すことでその意味は様変わりし、処女性の喪失、あるいは恋する「女」へと生まれ変わる様を何よりも裏付けていたように思います。
無垢な少女が背伸びをする気恥ずかしさなのかな……英二が求めていたのは。そしてその英二の理想は、由綺という逸材を観測する。
ここで英二がしきりに強調してきた”カラー”という言葉に着目して由綺と理奈の違いを紐解いていきたいと思います。
シリーズの前半で、いつか英二の言っていた言葉が頭をよぎる。
「歌わずにはいられない」「天使」
これらがまさに英二の追い求める”カラー”で、それに形容されるのが他ならない由綺なのです。
今にも弾けそうで、歌わずにはいられないといった高ぶる気持ちがデモテープからしきりに伝わってきて英二の心を揺さぶったのですよね。心酔するようにうっとりとした心地で深呼吸をするように由綺のテープを聞いていた幸せそうな英二の顔が浮かぶ。けれど、事務所に来て、デビューシングルのレコーディングで録ったテープは彼の思うものにはならなかった。そんな由綺に、理奈が自分との競演を吹きかけて、見違えるようによくなって英二の納得いくものとなったのがシリーズ前半での流れでした。
冬弥との疎遠から、「理奈ちゃんと競演できる」に彼女の不安が期待へとすり替わることで由綺は持ち直した。
そう、由綺は冬弥に恋していたのです。
この違い、なのかな。冬弥に恋い焦がれ、アイドルを夢見る少女の無垢が、英二にかつての「理奈」をみたのでしょう。そしてさらに英二は、少女の中に眠る、全身全霊をもって没頭するような自己愛の片鱗を見抜いた。冬弥へ、理奈へ、向いた好意をすべて自身へと向けさせることで、自分を卑下することなく、自分だけに「恋」する至高の高みを思い描いたのではないでしょうか。
理奈がなれなかった「理奈」を、あるいは「アイドル」という肖像を、「森川由綺」が志向する。
「理奈」と「由綺」という二つの”カラー”が出揃ったところで、その連立を決定的なものにしたのが、やはり理奈のM3移籍騒動でしょう。
ここで目を向けてみたいのが、今まで長々と書き連ねてきた英二の人物像と対をなす、M3社長の神崎なのです。
この二人を比べてみると、面白いぐらいに正反対を成してる。
これについてはあまり話を膨らませずに、簡潔に一連の「絵」を巡るやりとりに着目してみます。
「あんな絵のどこがいいんでしょうね」と「絵」を絵としてみたうえで、その先に「お金」をみている神崎。そんな神崎がかんけいを巡らせて英二から再び絵を、お金を毟りとろうとしたわけですが、そんな神崎たちに「今更「絵」が惜しくなりましたか」という英二の問いかけは、神崎に対する「絵」の謎かけのように思えました。
英二は神崎に「絵」を「観て」いるのかを問いかけた。
けれど「先方が~」といささか的外れな答えを寄越す神崎に英二は彼女が「観ない」ことを確信したのだと思います。だから英二は神崎に、「絵」の代わりに理奈と思い出の沢山詰まったかつてのスタジオを「代金」として寄越したのですよ。このことが何よりも「絵」=「理奈」であったことを裏付ける。しかし最早英二にとって「絵」は「理奈」ではない。遅かった、遅すぎた。理奈が手に余る英二にとって、それらすべての代物はなんともお誂え向きの「代金」だったのでありましょう。そして皮肉にもこのシーンにおいて、それらの価値があたかも「10億」にものぼる代物であったということを契約書が物語っているのです。
そうして緒方プロダクションとM3の対立構造を巡る由綺と理奈と桜団の関わりは、一八頁、それぞれの”会見”に際しての空の移り変わりのカットにおおよその繋がりがみてとれたように思います。
黄昏る「桜団」。あまりにも寂しい幕切れを飾った彼女たちでしたが、理奈の言う”素人同然”の「由綺」と、紛れもなく”素人集団”だった「桜団」との違いは何だったのだろう、と考えてそのヒントになるのが、先ほどの「観ない」神崎でした。
彼女たちのもっとも大きな違いはやはり「恋」だったのだと思う。
恋に恋焦がれる由綺と、自分の一番”綺麗”な時期に無自覚なまま他人への嫉妬に勤しむ桜団の少女たちはあまりにもかけ離れている。これは素質ない少女たちを神崎が引っ張り続けたという事実よりも、神崎が「アイドル」というものを「観ない」ことに起因するものでしょう。そしてこの物語において、英二が「観る」ものはすなわち神崎が「観ない」ものでもある。この同じ意味を持つサインが後々に、めのうと新しく移籍した理奈との関わりへと繋がっていくような気がします。
沙莉衣は見る間もなくあきらかよね。沙莉衣の宵闇のイメージが、そのまま理奈へと連鎖する。
そうして英二の見いだした太陽の由綺に、黄昏の桜団、そしてひとりかつて英二の言った「パンドラの箱」を開けるべく、我々に背を向けて目の前の扉へと突き進んで高い空から孤独に光輝く月の理奈というそれぞれの”カラー”が改めて浮き彫りになった。
そして唐突に浮上するめのう。彼女はあまりにも危険だ。彼女の回想をみて、EDの黒髪の少女について「あの人は弥生かと思ってた」という声をあちこちで耳にしたのだけど、おそらくそれは意図的なものなのではないかと思っています。とはいっても、それは単に誤認するという意味ではなく、弥生のイメージがそのままめのうへと引き継がれるという意味で、なのです。
めのうが今、冬弥と由綺の「過去」というもう一つの「パンドラの箱」をあけようとしている。
英二の夢想した「アイドル」という存在が遙か上にある高みならば、その価値軸と相対する形で地の底に位置する「堕落」がある。
その象徴というのがまさしく弥生、その人でしょう。
冬弥を巡るW.A.の物語には「舞台装置」という枠組みと、その中で繰り広げられる「偶像劇」とがあって、この偶像劇とはまさしく「アイドル」の頂点と「堕落」の地の底の間のごく狭い領域で揺れ動く物語だと思うのです。
「冬弥の日常の物語」はまさしくこの間にこそある。
限りなく地の底に足を着けたドロドロの泥沼でありながら、由綺という「アイドル」の高みへと手を伸ばそうとしている。足は地の底、手は雲の上を掴もうとしている冬弥のまるで巨人のような存在感に次々と女性が引き寄せられていって、その中で彼は身動きがとれなくなっているのよね。そんな彼を「堕落」の泥沼に絡めとろうとしているのが他ならない弥生で、その延長線上に彰を選択した美咲の堕落がある。「冬弥の日常の物語」は、限りなく堕落のすぐそばにあるのです。
けれど冬弥は凄まじく卓越したバランス感覚でその間を縫うように切り抜けていく。たとえ綱渡りだとしても、どうも目隠しをしている彼には全く怖くないのだと見える。持ち前の冬弥の鈍感さが、むしろ彼の命綱になってる感すらあるのですよね。
マナとはるかの和解もまた、二人寄り添い孤独を癒しあうことでこの中間の領域に位置しているのかもしれない。
そしてめのうよ。ここで唐突に冬弥の拮抗したバランスを打ち壊す存在が浮上してきたのですよ。彼女は今までにない圧倒的な引力で冬弥を「堕落」へと引きづりこもうとしているように見える。良くも悪くも、彼女の場所は「過去」のなかにこそあるのです。
ここまで考えて、ようやく「アイドル」のもつ煌めきの正体、英二が「絵」に「観た」本当のものが見えてきたような気がするな……。たぶん、おそらく、「アイドル」というのは昔誰しもが持っていた普遍的な「美」なんだ。人が省みる「過去」の中にのみ、それがある。小さなころのかけがえのない思い出。アルバムの頁をめくるたび思い出す過去の思い出、光輝く少年・少女の無垢がそこにはある。だからEDアニメーションの人物たちの過去の肖像はこんなにも切ない。それがもう戻らない時間だからこそ、その断絶に胸が締め付けられるのですよ。それを「理解」するよりも先に「観る」。ここに「絵」の中身があったんだ。そうして「アイドル」というタームが、この物語のすべてが、作品のテーマでもある「アルバム」へと結びついた。
けれどその「過去」の煌めきを、おそらく英二は「未来」に見いだしてる……。英二が遠くをみるその視線の先は「過去」なんかではなくて、「未来」がある。どうしようもなく「過去」にとりつかれているのに、そのひがの断絶を受け入れまいと、「未来」へと手を伸ばしているようにも思えます。だから、英二は「絵」に「偽」なんて書き殴ったのではないかなぁ。振り返った後ろではなく、目の前の延長線上に「アイドル」が、「美」の高みがあると信じたから彼は自身の栄光のレールから降りて、プロダクションまで作って新しいレールを伸ばしていこうと思ったのだと思う。何故なら、自身のレールが目の前で断絶していることを「観て」しまったから。
さっきは理奈をM3に「代金」として売り払ったなんて言ったけど、おそらく英二は理奈にM3というレールなき線路を踏み台にして欲しかったのだと思うのよ。彼女の場合、目の前にレールが引かれているのではなくて、自分で引いていくことのできる力が眠ってる。そのことに気づいて欲しかったのかな、なんて思いました。子離れする親の気持ちなのだと思う。緒方プロダクションというレールの上には由綺しか乗せてあげられないから……だから理奈とスタジオを明け渡した後で「理奈を宜しくお願いします」と神崎のほうではなく、エレベーターのほうへと向かって頭を下げた英二はその先に待つ理奈の「未来」へと祈ったのだと思いました。神崎を、M3を、踏み台にしてのし上れ、と。どうもこの作品においてエレベーターというのは、上へ昇る、あるいは下に墜ちるといったもののメタファーになっているような気がします。
そうして物語はシリーズ前半の「冬弥の今日の女神(めがみ)」から、後半の「女神(ヴィーナス)」へシフトする。
シリーズ後半のOPEDタイトルになっているこの二つのタームですが、こうしてみるとおどろくほど的確に由綺と理奈の”カラー”を指し示しているように思えます。
多分二人の「アイドル」を巡る物語の終着点は「女神(ヴィーナス)」になるような気がしてる。
これは、少女から「女」になってしまった理奈が再び「アイドル」を志向する物語、あるいは「アイドル」になってしまった由綺が一人の「女」へと舞い戻る物語、なのではないでしょうか。
OPアニメーション、一度胸の中で死んでしまった「理奈」を抱えて天を仰ぎみる少女の理奈は、過去の栄光の「理奈」を後ろにおいて、一人目の前の「扉」にむかって振り返らずに歩んでいくのよね。その覇道はまさしく夢のように儚く、幻のよう。
反対に、EDアニメーション、様々な人物たちの「過去」の「絵」が流れていくその延長線上に「森川由綺」がある。かれらの思い出の日々を挟み込む形で、右から高校生の由綺、今の由綺、そして歌わずにはいられないといったあまりにも晴れやかな表情で唄う、「アイドル」の由綺が描かれるのですよね。流れるように「左」へと向かっていく「森川由綺」は、まさしく「過去」にむかってその「美」を探求していくさまを体言しているようでした。
そんな由綺を普通の女の子、一人の「女」へと戻す鍵となるのが「赤い糸」なのだと思う。
冬弥がめのうに突きつけられる「過去」の先には、失われた時間を隔てる無常の「断絶」がある。けれど、「過去」にいってしまった由綺を取り戻すたったひとつの方法が「アイドル」をやめることだと思うのです。「思い出す」こと、そして再び「好き」になることで冬弥と由綺は「恋人」になれるのではないでしょうか。そこに「赤い糸」があるならば。
おそらく冬弥と由綺の「過去」は約束か何かではないかな……。そんな厳密なものや、運命的なものでもなくて、もっとありふれた普通の約束。けれど由綺はそれだけを心の支えにただ待ち続けている。この神聖な空間に理奈の泥沼の恋心なんかには立ち入られたくなかったから由綺は手の甲まで噛んで守り通したかったのかもしれない。ぶつもんか、の裏腹にはそうした冬弥との神聖な何かがある。
そして冬弥が「過去」というパンドラの箱をあけて目にするのは断絶を目の当たりにした絶望か、由綺への恋心か、あるいは第三の選択か――。
いずれにしても、おぼろげながらに全景がみえてきたのではないでしょうか。
一頁から十九頁までのエピソードを垣間見て、その中で僕が感じ取ったすべてのことを長々とですが、書き連ねてみました。この中のいくつかは新しい頁がめくられるにつれて間違っているかもしれない。もしくは全く見当はずれなことを書いているかもしれない。けれど、そうした”間違い”を恐れてこの作品のもっとも魅力的である”夢想すること”をやめてしまうのはあまりにももったいないと思ってしまうのです。そして願わくばそれを共有してみたいという好奇心もあります。
さて、そうしたところで。あなたの頁にはどんなW.A.の物語が映りましたか?
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- WHITE ALBUM 第四頁 想像を超えてわかり合えてるって、 感じる時がある。逆の時も多いけどね
- WHITE ALBUM 第三頁 手と手、肩と肩、背中と背中、 それから。服の上からだっていいんだ
- WHITE ALBUM 第二頁 ずっと前から仕組まれてた、 そんな出会いって、信じる?
- WHITE ALBUM 第1話 そう、あの時はもう、 スイッチが入ってたんじゃないかなあ



















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