2009年ベスト/ワーストアニメ企画に参加します―― 『だい亜りー』の極私的選

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さて、今年もいよいよ残すところあと4・5日となりましたが、こちら

の企画に便乗させていく形で2009年放映(TV)アニメのベスト/ワーストを当ブログでも表明しておきたいと思います。

アニメ(ブロガー・twitterアニメクラスタたち)の饗宴、あるいは2009年アニメベスト/ワーストのススメ – 反=アニメ批評

■「2009年ベスト/ワースト アニメ

  • 執筆形式・論述分量自由
  • ベスト/ワーストの定義も自由
  • 挙げる作品数も自由
  • 書きあがった記事は「反= アニメ 批評」か「 EPISODE_ZERO の告知記事に トラックバック を送っていただければ、後々そのまとめ記事を作成します
  • 記事の一斉アップ時間は 12月27日(日)23時~24時の間 (23時直後推奨)
  • その時間帯は都合が悪いという方でも、年内に トラックバック してくださればまとめ記事に対応させていただきます
  • (質問があったのですが)「 はてなダイアリー 」以外でも、 ブログ をお持ちの方でしたらどなたでも大歓迎です。何なら twitter でも問題ありません
  • トラックバック が難しい場合は、こちらの コメント欄 等で連絡していただく形でも結構です

結果一覧はこちら。

【アニメブロガー合同企画】2009年アニメベスト/ワースト@反=アニメ批評、および参加協力者一覧 – 反=アニメ批評

まずスタンスとして表明しておきたいのは、この位置づけはあくまでも僕の主観的なアニメ視聴体験に立脚したものであることと、そこからグループ分けをして極めて極私的な結びつけで両者の相反する評価軸にそれぞれ2作品ずつ提示してみようということです。

あくまでベスト/ワーストには一作品ずつを推すものの、それではランキング的なるものを連想させてしまうためにそれぞれ同じ観点からもう一つずつ作品を提示して順位付けからただの位置づけへとフォーカスさせてみようというわけですね。

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ベスト/ワーストそれぞれでまず提示する一作品目を主として、そこから並列して接続される作品を従として主従としてみていただければただの位置づけをまるで巷で流行のランキング的なるものへと変貌させることができるわけです。ああ、ずるい。さて、前置きをだらだらと書き記してみたところで早速本文へ移りましょう。

極私的2009年ベストはずばり--『青い花』

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青い花

原作志村貴子 掲載誌マンガ・エロティクス・エフ(太田出版) 監督カサヰケンイチ シリーズ構成高山文彦 キャラクターデザイン・総作画監督音地正行 プロップデザイン冷水由紀絵 美術監督小林七郎 色彩設計石田美由紀 撮影監督大河内喜夫 編集後藤正浩 音響監督明田川仁 音楽羽毛田丈史 音楽制作ランティス アニメーション制作J.C.STAFF 製作青い花製作委員会(メディアファクトリー、フジテレビ、読売広告社、J.C.STAFF、博報堂DYメディアパートナーズ)

というわけで勿体ぶったわりには一部の人にはとても順当なベスト選出となってしまいました。僕としても、作品単位で各話の感情の振れ幅の平均をとってみれば2009年ベストはこの作品以外にありえなかったわけです。衒学的な表現についての指摘は棚に置いておくとして、ここでは視聴体験そのものと結び合う身体表現について叙述していくことにします。

身体表現の妙--それは視聴体験への同調として

この作品の特筆すべき点はなんといってもこの身体表現の妙に尽きると思います。

例えば

  • 手の絡み
  • 一本の目の細かい髪の毛

といったものが挙げられますが、中でも肉感的な手の絡みによる劣情の表出する瞬間がたまらなく好きでした。これは女の子に恋するということの下に根ざしている本質的な欲望でもあって、恋に恋する乙女的な百合ではなく、ジェンダーの問題を根底に抱えたレズビアン的な百合であることを物語ってもいます。恋愛そのものを目的としているわけではなく、あくまで交際を通じたセックスへの発展が目標となっている。それらがまるで1本1本まで識別できるような細かい髪の毛が絡みついていくように繊細な心の機微を通じて進展していくのですよね。絡みつくような生々しい百合にあって、しかしこの作品がとても綺麗な透明感に満ちているのは次にあげた「涙」が関係していることでしょう。

これは本作では失恋のサインと自身の気持ちの自覚という形で用いられています。

どろどろと煮えたぎった欲望の固まりを、さも涙によって洗い流すことで粘着質なそれらを捨象し、「恋に恋する乙女」的な女の子同士の恋愛そのものへとフォーカスが当たるわけですね。
この一連の流れが、『青い花』という作品においては僕たち観る者の身体を通じてさも同調してみせるような身体性を獲得しているのです。

そうして視聴者は主人公の少女・ふみへと入り込んで女性から女性への恋愛模様を疑似体験することができる。そして本作ではこれらの百合物語の文脈を保証する前提として、まず”気持ち悪い”といった否定をするキャラクターがいないことがあげられます。その代わりにそれら文脈とその他の境界となる反=百合的なものが、バイセクシャルへの嫌悪感として描かれることが特異だと思います。本作で云う綺麗さとは相反する不純さが、バイセクシャルな女性への嫌悪感に表されている。

こうしてバランスのとられた百合世界はやがてふみ主体の彼女のセカイへと収束し、ある種荘厳ささえ感じるひたむきさが青のイメージに、その中で粛々としかし荒々しく燃え上がる炎のイメージとして青い炎の燃焼を連想させられた作品でした。

このイメージと身体性との結びつき、ないしはとてつもない臨場感と没頭感が視聴体験として僕に鮮烈に焼き付いたのですよね。
つまるところよくプロットの練られたストーリーの解釈や、スクリーンディレクションでみる演出考なんてのは半年もたてばすっかり忘れてしまう。リアルタイムの視聴には必要なファクターではあるけれど、視聴体験として後にのこるものではないのですよね。その意味で視聴体験に立脚した僕の「ベスト」こそが、自分の中で未知の感覚がわき起こってくる錯覚さえおぼえさせたこの『青い花』という作品でありました。その体験は名前を変えて、僕の中で感動として刻まれています。

同様に今年のもう一つの「ベスト」に挙げたい作品が『WHITE ALBUM(後半)』であります。

個人的には私見を云えば、この作品はどちらかといえば「奇作」と称したほうが適当であるようにも思えます。しかしこの作品を同列に「ベスト」であると語りたいがゆえに『青い花』との比較から「視聴体験」という文脈に従って展開してみましょう。

まずはじめに、この作品のアプローチは『青い花』とはまるで対照的でありました。

繋ぎのテクニック --予期できない物語の渦の中で

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WHITE ALBUM 後半

原作アクアプラス 企画下川直哉 監督吉田泰三 脚本佐藤博暉 キャラクターデザイン吉成鋼 キャラクター原案カワタヒサシ 美術監督片平真司 音楽Elements Garden 録音演出塩屋翼 プロデューサー三嶋章夫 アソシエイトプロデューサー中村則子 アニメーション制作セブン・アークス

この作品の特筆すべき点は、徹底的に排除されたモノローグでありましょう。実に驚くことに、この作品には全くのキャラクター主体による心情描写がない(冬弥のそれはまた別の性質のものとして)。
しかしそれゆえに、彼ら彼女らの心象は純粋に行動によってのみ推測することができ、またその論理展開の軸となる女神/ヴィーナス軸が与えられ、頂点としての「アイドル」という向きが与えられることによって、解釈できる余地が生まれるのです。

それらはやがて「絵」というタームの登場によって一つのフレームの中に閉じこめられ、物語の外枠を形成しながら一つの形を帯びていくことになります。
徹底的な外側から内側への包囲網。そしてそれらはやがてキャラクターの肉体から精神性へ。まず、外枠が与えられ、そこから内側を覗き観ていくというスタイルを貫徹する上で、解釈はできるが予期はできないという視聴体験が生まれ、”繋ぎ”によって文脈が(時にミスリードさせられながら)成り立っていくという物語に奇妙な没頭感をみたのですよね。

これはとても「舞台劇」的だと思います。お膳立てをされた舞台の上で、配置された小道具がまず舞台役者の行動を制限する外枠を与え、その中で演技する役者たちの行動が”繋ぎ”となってやがて対応するキャラクターの心象へと結びついていくあの感覚。

それゆえに、冬弥を主体と認識して物語をみつめてみると見事に行動の先に結びつく心象の解釈を取りこぼしてしまう。冬弥ばかりみていても、彼はただの生の反応を返すばかりでまったく心象に結びついてこない。そもそも主体≠主人公なのです。だから、わからないからレッテルを貼って無意味に非難してしまうのでしょう。これはとてももったいないと思います。

ただ、その不親切さを強いるという意味で「奇作」でもあるのです。けどその不親切さを乗り越えた先の視聴体験には感動がある。

振り返ると「絵」⇔「写真」という関わりから記憶⇔記録へと展開して一人の冬弥像を作り上げていく過程には、なんともいえない感慨があるのです。いわば「1986・7年の日本」という世界から冬弥が浮かび上がっていくような感覚。

そしてここから逆説的に導かれた冬弥主体に、最終回になってようやく一体化する生の瑞々しさ、記憶を取り戻して一人の人間が血の気を帯びていく鮮烈さに感慨をおぼえるとともに、ブラウニングの詩集からの引用によって締めくくられた情感たっぷりの余韻の幕引きにしばし陶酔してしまうのですよね。

こうして前者の『青い花』はセカイに女性しかいないことによってふみを主体とした極めてオープンな百合世界の体験を、後者の『WHITE ALBUM』は時代風景を投影した社会派アニメの皮を被った冬弥の「女神と共に歩んできた冬弥のセカイ」を脱却する脱セカイ系アニメとして僕のイメージに刻まれたわけなのですが、ではこの”セカイ”を膨らませて2009年ワーストアニメへと切り込んでみることにしましょう。

極私的2009年ワースト--セカイ系としての『東京マグニチュード8.0』

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東京マグニチュード8.0

企画松崎容子 製作山田弘子、遊佐和彦、北川直樹、高田佳夫、南雅彦、小笠原宗紀 シリーズ構成高橋ナツコ 脚本高橋ナツコ、加藤陽一 構成・脚本協力村田和也 キャラクターデザイン野崎あつこ セットデザイン植田均 3D監督井野元英二 美術監督中島美佳、小木斉之 色彩設計加藤里恵 音楽大谷幸 音楽制作フジパシフィック音楽出版、ソニー・ミュージックエンタテインメント、ソニー・ミュージックパブリッシング 音響監督たなかかずや 音響制作楽音舎、アクアトーン 音響制作担当杉山好美 録音スタジオスタジオごんぐ 監督橘正紀 アニメーション制作ボンズ、キネマシトラス 制作東京マグニチュード8.0製作委員会(フジテレビ、アスミック・エースエンタテインメント、ソニー・ミュージックエンタテインメント、電通、ボンズ、キネマシトラス)

さて、いよいよ「ワースト」への言及です。まずはじめに知識として、この『東京マグニチュード8.0』という作品は大規模災害シュミレーションとしての社会派アニメというウリで発表されたのだそうですが、僕が観た限り1・2話から感じたものは、主人公の少女・未来ちゃんの肥大化した破壊願望がセカイへの干渉力をもって東京の街を滅茶苦茶にする全くのセカイ系アニメでした。

1話の間、終始”イライラ”を募らせていくという異常なマイナスイメージの持続から、まるでそれが爆発するかのように地震の巻き起こる展開へと接続されてこの配列されたシークエンスからはまるで未来ちゃん自身のセカイが現実世界にオーバーラップしている印象を受けてしまうのです。彼女にとっての敵は鬱陶しい母親で、そう鬱憤を向ける対象は弟の悠貴でありました。

未来の「こんな世界、こわれちゃえばいいのに。」はしかし、少女の意思を浮遊して画面の連鎖を通じて殺意へと変換されてしまう。これが猛烈に気持ち悪い。

なんだろうこの嫌悪感は……薄ら寒ささえ感じるこの気持ち悪さは、まるで東京の大災害の責任を少女一人におわさんというばかりに執拗にまとわりついてくるのです。これが未来の意思に左右されてセカイが損傷するのならここまで気持ち悪くないのです。

少女の視るセカイが薄気味悪くて不快なものに感じるもうひとつの理由は、これを俯瞰する大人の目線が外部に存在しているからではないかと思いました。

メディアとの関わり-ー報道から大衆娯楽へ

実は、未来を主体にしたいわば”子供からみたセカイ”を包み込むように、テレビメディアを通したもうひとつの大人の世界が存在しているのです。

テレビカメラを通じて繋がれる両者の空間は、テレビというフレームに収まった子供からみたセカイ--特に未来から視たセカイを、その外側から大人が観ているという関係性で繋がっている。

Cパートで各話にわたって毎度のように挿入される女性アナウンサーによるニュース番組のショットは、作中で描写されている風景をさらにニュース番組の画面の中に閉じこめるというメタ的な構造を示しているのですが、これもまた本当に気持ち悪くてしょうがない。

未来のセカイ形成を示唆する描写からこの報道番組への接続は、報道で求められるであろう客観性を逸脱してセカイの欠損をさもありなんと騒ぎ立ててお膳立てをする不謹慎さを感じるのです。そしてこの架空の大人の世界で放映された報道番組は、その他地域のお茶の間でエンターテイメントとしての地震という見方にしたがって消費される。この嬉々として好奇の視線によって未来の破壊と再生の物語が射ぬかれることが不愉快でならないのですよ。

そしてこれは、なんとも社会風刺として皮肉の効いた社会派アニメの機能を果たしていたのではないでしょうか。

ようするにちょいとモラルにかけるよなぁと感じたわけです。

しかし未来のセカイは悠貴の死によって崩壊し、未来の視ていた虚構の東京としてそれらすべての妄想が棄却されることになる。こうして紡がれた最終話の盛り上がりは、単純にドラマとしては評価されるべきだと思いました。けれど現実への不安はなんら解消されておらず、またこの大きすぎる枠組みが「家族の再生」という軸にすりかわることで見方によれば急激に陳腐な幕引きになってしまったと感じた人もいたかもしれません。いずれにしても悠貴の死という不可逆な事象が、この歪な物語に捻れを生み出してしまってそれ以前とそれ以後のどちらかを擁護すればどちらかを批判してしまうといった事態を生み出してしまったように思います。この後味の悪さは拭えない。

そうした意味で、僕の極私的「ワースト」を冠するにふさわしい作品でありました。

ここでとりあげたセカイ系に関しては、今年はもうひとつ記憶に残る作品がありましたよね。

それが『空を見上げる少女の瞳に映る世界』でした。

セカイの改変装置として--ユメミの夢見た先に形作ったものとは

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空を見上げる少女の瞳に映る世界

企画八田陽子 原作京都アニメーション プロデューサー八田英明、伊藤敦 シリーズ構成木上益治とユメミる仲間たち 監督木上益治 キャラクターデザイン・作画監督荒谷朋恵 美術田村せいき 撮影監督中上竜太 設定高橋博行 色彩設定高木理恵 音楽神前暁、monaca 音響監督鶴岡陽太(楽音舎) 編集重村建吾(スタジオごんぐ) 音響制作楽音舎 音楽制作ランティス 制作京都アニメーション 製作京都アニメーション

思うに……これは本物だったんじゃないかな……というのもまるで冗談のような飛躍っぷりに真剣さすら感じてしまうのです。

地上の一少女にすぎなかったユメミが天上世界から舞い降りてきたムントに手を引かれて世界の隔たりを超越したばかりか、押さえきれない自我をこれでもかと放出して天上世界の秩序そのものまでもやがて改変してしまう。だけど彼女の主体はいったいどこにあったのだろうか。あまりにも曖昧で姿の一向に掴めないキャラクター性ばかりか、まるでどうなっているか実態のつかめない天上世界を眺めているとどうコミットしていいのかすらわかりませんでした。端的にいえばついていくことができなかった。セカイ系として、そのセカイを間近に感じられずにどうして共感が得られましょうか。

このセカイとのズレが視聴体験として疎外感としてストレスに感じてしまったのですよね。

もはやユメミはセカイの改変装置でしかなく、ユメミの形作った新しいセカイをただぼんやりと眺めるほかありませんでした。

終わりに

こうして書き連ねてみて、僕の「ベスト/ワースト」は視聴体験から立脚した評価軸であることをお伝えしてみました。僕にとってやっぱり一番残っているのは、リアルタイム視聴してた際の体験なんですよね。どれだけ身体で感じることが出来たか、どれだけ密なイメージを結ぶことが出来たか、その上でそれらのイメージや体験から普遍的な現象を抽出して何かに結びつけることが出来たらな、と思いました。どうやらこの記事もその一環になりそうです。

さて、最後にこれらすべてを棚においた萌えアニメ枠の「ベスト」として『PandoraHearts – パンドラハーツ』を挙げることで締めくくってみたいと思います。僕の中の今年の燃料は、なんといってもオズ×ギルのリバCPにあったと思うんだ。ああ、これで年が越せそうだよ。年越しパンツ丼おいしいです。

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Itary亜人:ラノベと深夜アニメが主食の装飾系(webデザイン趣向的な意味で)ヘタレ男子。
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